2012年3月11日日曜日

三国志について質問です。浅博で恥ずかしいのですが、蒼天航路という漫画で、関羽...

三国志について質問です。浅博で恥ずかしいのですが、蒼天航路という漫画で、関羽雲長は曹孟徳が、中華の精神と記したとありますが、神格化された経緯は、実のところ誰が伝えたのですか?

検索サイトの使い方が未熟で、どうにもしらべられません。

演義以外で、詳しい方がおられれば教えて下さい。







関羽を倒してまもなく、呉では呂蒙が、魏では曹操が病没したこともあり、当初は怨霊のように扱われていたのではないでしょうか。

講談などで語られるうちに、段々と人気が高騰し、人気が上がれば活躍も増え、いつしか神格化されるに至ったんではないかと。



なお、姓「関」名「羽」あざな「雲長」を、まとめて呼ぶことはありません。

関羽と呼ぶか(現代人が過去の人間を呼ぶならこれ。または、上司や親が子供を呼ぶときも、こんな感じ)

関雲長(同格の人が呼ぶ場合や、友人同士の呼び方など)と呼びます。



官職を有する場合は、「関」+官職名。

関羽雲長という風には、絶対に呼びません。








やっぱり正史の記述はあまりないみたいです。



演義を書いた羅貫中かなやっぱり。。。

http://www.geocities.co.jp/Berkeley-Labo/3485/retsuden/kanu.html

http://members.at.infoseek.co.jp/yumi20/kanu1.html

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