2012年3月13日火曜日

三国志で質問なのですが…関羽の部下周倉、絶世の美女と言われた㹦蝉はそれぞれ本当...

三国志で質問なのですが…関羽の部下周倉、絶世の美女と言われた㹦蝉はそれぞれ本当にいたのでしょうか?回答をお願いいたします。自分としては両方居てほしいのですが…







◆「周倉」「貂蝉」ともに架空の人物です。



「周倉」と「貂蝉」は、陳寿『三国志』(西暦285年頃成立)などの歴史書に

名前が登場しない架空の人物です。



但し、「貂蝉」のモデルとなった人物はいます。

董卓の傅婢(衣服や寝床の世話をする侍女)でしたが、名前は伝わっていません。

呂布がこの侍女と関係を持ったことは歴史書に記されている事実ですが、

それ以上の発展(「連環の計」など)はありませんでした。

この侍女に「貂蝉」という美しい名前が与えられたのは、

それから約1300年後(明代)に纏められた小説『三国志演義』によってです。



また、「周倉」という人物が創作されたのは、

宋代(10~13世紀)に纏められた説話集『三国志平話』になってからです。








二人とも実在しないと、三国志のゲーム好きが高じて、詳しくなった息子が言ってます。

二人とも三国志演義の中で描かれている登場人物だそうです。

周倉は三国志演義の中で忠実な部下として描かれている為に、関帝廟の関羽の横に奉られているそうです。

ちょう蝉は、董卓の暗殺にその美貌を駆使して暗躍した人物です。

横で息子が詳しく説明してくれましたが、余りに長く入力出来ません。すみません。

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